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今週の御言葉

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2017年12月10日礼拝

交 読:詩篇139篇1〜16節
通 読:ヤコブの手紙1章
御言葉:コリント人への手紙第二 6章7〜12節

真理のことばと神の力とにより、また、左右の手に持って いる義の武器により、また、ほめられたり、そしられたり、 悪評を受けたり、好評を博したりすることによって、
自分を神のしもべとして推薦しているのです。 私たちは人をだます者のように見えても、真実であり、人に知られないようでも、よく知られ、死にそうでも、見よ、生きており、罰せられているようであっても、殺されず、 悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを持っています。 コリントの人たち。私たちはあなたがたに包み隠すことなく話しました。私たちの心は広く開かれています。 あなたがたは、私たちの中で制約を受けているのではなく、自分の心で自分を窮屈にしているのです。                                                                                                                                                                                                             

    

『天は神の栄光を語り告げ、

大空は御手のわざを告げ知らせる。』 詩篇19篇1節

         

私は朝に夕に、また夜に、気がつくといつも空を見上げています。

悲しいときも、嬉しいときも、辛いときも、苦悩のときも、

空を見上げ、主に祈ります。

雨の日も、曇りの日も、晴天の日にも空を見上げますが、

どのような日でも、一日として同じ空はなく、

この天地を創造された日からも、今日までの日に、

同じ空はなかったことに思いが馳せます。

大空や大自然に思いを寄せるとき、ただ不思議と神秘と愛に

満ちていて、創造主である神の御手の偉大さを覚えるばかりです。

大空は、どのような人であろうが、制限なく、

見上げれば誰にでも、いつでも見ることができます。

神の愛・・・求める者に、見上げる者には、いつでもそこにあるもの。

分け隔てなく、誰にでも開かれた愛の御業。

主はすべての人たちを愛し、主イエスをこの地に送ってくださった。

すべての人たちに、神は生きておられると、

押し付けることもなく存在している。

難しい神学でなく、努力や学びでなく、神の愛はいつも私たちを

取り囲んでいる、感謝します。

この当たり前の不思議と愛の御業を、告げ知らせることが

できますように、天のみこころが、この地になりますように。

 

 

 

『思い違いをしてはいけません。

友だちが悪ければ、良い習慣がそこなわれます。』

          コリント人への手紙第一 15章33節

 

「類は類を呼び、友は友を呼ぶ」

気の合った者や似た者は、自然に寄り集まるという意味。

自分の価値や思いのあるところに、身体も動いてしまう?!

私が今どのような心の位置にあるのかは、横にいる友人や

いつも多くの時間を共有している人を見れば、分かるはずです。

自分でも気付かないうちに、惹かれ、求め、互いが存在しています。

さまざまなことがある時、誰に相談し、誰に会いたいのか。

どのような人が友だちか?と問われています。

私は自分の心模様の変化の中で、神を恐れることもなく、

人を恐れることも、気にすることもなく、自由奔放に

生きている人たちや、物事を楽観的に考え、いつも明るく

前向きに歩む人たちに、心が惹かれることがあります。

神を恐れ、神に従う、

これが最高の生きる道だと知っているのに、その人たちを

よく知りもせず、いいかも?と思うことがあります。

どうか光を強めてください。

そして思い違いをすることがありませんように。

何より主が、ひとつひとつ与えてくださった良い習慣を、

自分の愚かな思いや考えによって、そこなうことのない者と

させてくださるようにお願いします。

 

 

 

『何をするにも、人に対してではなく、

主に対してするように、心からしなさい。』

               コロサイ人への手紙3章23節

 

私は主の十字架の贖いによって、主に買い取られ、主のものです。

しかし私は、依然として、自分を自分のものとして生き、

自分の善悪の判断や、好み、慣習によって、人を見ては歩む者です。

人との関わりの中で、その同じ場に、主がおられることを想定したならば、

言わないこと、しないことが多くあります。

いつも神を恐れる者となれますように、

また主のものであることをわきまえ、主に喜ばれる歩みを

実践する者でありたいです。

しかし私は、私に良くしてくれる人や、好む人に良くする者です。

いつも主を悲しませています、赦してください。

またまず、主に対しての自らの姿勢さえも、問われています。

主に喜ばれる者でありたいと願いながらも、

自分が主権を取り、自らの思いを優先する者です。

どうか、心を尽くして、主を愛する者とならせてください。

神を恐れ、主のみこころを求め、歩むことができますように。

主に喜んで仕えることができますように。

そして主が願っておられることを、実践する者となれますように。

   

 

 

『私は、私を強くしてくださる方によって、

どんなことでもできるのです。』 ピリピ人への手紙4章13節

    

神は生きておられ、私たちを愛してくださっていることを

感謝します。

主イエスをこの地に送り、父なる神の命令をことごとく守り、

十字架の死に至るまで従ってくださり、よみがえり、罪と死に

勝利してくださったことを、心から感謝します。

また主を求める者に、聖霊の助け主を与えてくださり、感謝します。

我うちに主が生きておられる。

このとんでもない恵みによって、私たちは、いつでも聖霊の命を

求め、認め、主が避けどころ、盾、力として生かされるなら、

どのような困難や苦しみの中でも、強く、生かされる道が

あることを覚えます。

しかし、さまざまな試練の中で、主を呼ばず、主を認めず、

目や耳から入る状況や、また自分の中の考えや感覚に惑わされ、

しばしば弱り果て、時に諦め、開き直ることもあり、

主に向かい、何故?こんなに苦しめるのか?!と、

主を敵としてしまうことさえある者です。

どうか憐れんで、赦してくださるようにお願いします。

主のこの地にあっての従順と十字架と復活により、罪と死の奴隷

から解放してくださったことを、いつも覚える者とさせてください。

そして私自身もキリストと共に十字架につけられたことを、

しっかりと見据え、離さない者とならせてください。

自分の敵は自分だけ、

主を頭として生かされるなら、どんな時でも、強く雄々しく

生かされる道があります。

どうか主の命にあって、この地上での日々を歩む者とさせて

くださるように、お願いします。

 

 

 

 

 

 

 

『すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行ないなさい。』    
                ピリピ人への手紙2章14節 
 
新しい朝が与えられ、生かされていることを覚えます。
すべては主の愛の御手の下です。
しかし自分の弱さや痛み、また不都合や心配など、自分の感覚や
思いに捕らわれては、一喜一憂し、しばしばつぶやく者である
ことを赦してください。
主の愛に出会い、救いを受けたにもかかわらず、
主権はどこまでも自分にあります。
主のものであることを、しっかりとわきまえることができるよう
主の光を強め、受けるにふさわしくない者が、このとんでもない
恵みに預かった幸いを、深く知る者とならせてください。
主イエスのいのちを与えてくださった神の愛を真に知るなら、
すべてのことを、つぶやかずに、生かされ、
また最も大切ないのちさえ、死に渡してくださった
神の愛を心にしっかり刻むなら、主を信頼し、
何ごとも疑わずに歩むことができるはずです。
どうか、主を賛美する唇と、つぶやきが同じ唇から出る者でなく
主に感謝を捧げ、ただ信頼して、いのちの日の限り
歩める者とならせてくださるようにお願いいたします。
    
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